死神奇談 =4=
死神奇談
〜 E L E V A T O R 〜
エレベーターというのは人の心理を反映させる乗り物だ。
特に、古い物なら尚更。
小さな個室に閉じ込められるような圧迫感。
暗い暗い地下へ沈んでいくような重力感。
昇る時に感じる何か得たいの知れない物の元へ引っ張られるような浮遊感。
古い物にありがちな入り口の安全の為に付けられた網のように張られた鉄格子。
稼動するモーター音や小さな金属音さえ響く。
薄暗い明かりに時に点灯する非常灯。
「……やっぱり気味悪い。」
エレベーターなんて嫌いだ。
は深々と溜息を付くとゆっくりと薄汚れた壁に背を預けた。
仕事の帰りに友人に誘われて行ったバーは古い高層ビルの最上階にあった。
既に時刻は深夜を廻って丑三つ時。
まだバーに残る友人を置いて先に帰る事にしたのだ。
「…………。」
行きには友人が一緒だった為気にならなかったものの。
独りきりで乗ると大分心持が違ってくる。
ふと顔を上げると階層の表示灯が最上階と一階しか無い事に気付く。
古いエレベータの為各階で誰かが停止ボタンを押さない限り止まらないのだろう。
今自分がどの階を下っているのかさえも分からない。
「!」
不意に停止ランプが点灯しエレベーターが可動音を響かせて止まった。
ゆっくりと表の扉が開き、内側の安全帯が横にずれる。
個室の光に停止した階層がぼんやりと浮かび上がった。
「…?」
全く人気の無い階には訝しげに首を傾げる。
そっと壁から離れて扉へと近づいた時不意に人の気配が生じた。
「きゃっ!?」
「失礼。驚かせてしまいましたか。」
音も無く優美に黒衣を揺らし入り込んだ長身の男はの声に謝罪した。
は驚いた拍子に奥の壁の隅に張り付いた。
また小さな可動音が響いて扉が閉まりエレベーターが下降しだした。
「大丈夫ですか?」
「はっはい…。」
吃驚した…。
小さく息を吐いたを見て黒衣の男は柔和な笑みを見せた。
は少し離れた所に佇む男を不躾にならない程度に眺める。
モデル並みの長身に黒く長いコート、同じく黒い妙な形の帽子。
おおよそ堅気には見えない井出達だ。
目深に被った帽子から垣間見える人形めいた端正な顔立ちと陶器のような白い肌。
見事に黒と白のコントラストで統一された男だ。
「…(なんか可笑しい…)」
先程の階は明かりも点っていなかった。
無人の階から何故この男は乗ってきたのか。
「……」
男の薄い笑みを見ていると背筋が凍るような妙な感覚に陥る。
は男を気にしないようにして肩から提げていた鞄から携帯を取り出した。
時間を確認すると夜中の二時を少し回った所だ。
その時、マナーモードにしていて気付かなかったメールの着信を見つけた。
バーに誘った友人からのものだった。
1:25
Re:今何所に居るの?
。もう家に帰ってるならいいけど…。
私達が行ったバーの下の階で大量殺人があったらしいの。
さっき警察が来て私達は保護されたんだけど…。
あなたは先に降りちゃったから…犯人と同じエレベーターに乗る可能性があるって探したんだよ。
家に帰ってから電話してみたけど…寝てるみたいだからよかった。
それじゃあおやすみなさい。
また明日会社で話そうね。
「!?」
首筋を冷えた汗が流れた。
着信した時間は今から一時間以上前だ。
自分がこのエレベーターに乗ってから何時間経過した事になっているのだろう。
それに警察が着たにしては静か過ぎる。
の中で嫌なピースが音を立てて嵌る。
途中で乗ってきた男。
不自然な時間のズレ。
静か過ぎるビル。
「…………まさか…。」
今隣に居るこの男は。
血の気の失せたの顔を見ていた男が心配気な声音で彼女に話し掛けた。
「どうしましたさん。顔色が悪いようだ。」
「!」
何故。自分の名前を知っている?名乗っていないのに。
ゆっくりと伸ばされた手袋に包まれた指先を視界に捉えては小さく息を呑んだ。
「あなた…誰?」
「…………………。」
伸ばされていた腕が止まり男の薄い唇が半月形に歪む。
クスクスと漏れる微かな笑い声に鳥肌が立った。
男は笑いながら静かにエレベーターの緊急停止ボタンを押した。
は恐怖で動けずただ男から眼を離さないようにしている。
男は掌から銀色のメスを出し停止ボタンを切り裂いた。
綺麗に切れたボタン部分は火花を散らしながら軋む起動音と共に止まった。
「ッ!?」
狭い密室に、男と閉じ込められた事実には眩暈がする程の恐怖を感じていた。
男は何時の間にかメスを消して白い手袋で顔の半分を押さえ笑みを堪えているようだ。
「貴女の事ならなんでも知っていますよ…さん。」
「!?」
低く甘いテノールが毒を持っての耳に流れ込んだ。
扉の近くに居た男が何時の間にかの目の前に佇み優美な笑みを浮かべていた。
「これも運命でしょうか…仕事で訪れた所貴女に逢えるとは…ね。」
この男は何を言っているのだろう。
私はこんな男知らない。見たこともない。
なのに何故。何故この男は私の事を知っている?
闇色の瞳が緩く細められ赤い唇が艶やかに弧を描く。
咄嗟に逃れようとしたの身体が黒衣の腕に閉じ込められる。
個室の奥の隅に居た為両の腕で壁に手を付かれて身動きがとれない。
「偶然…いえ。必然か。」
「ッ!!?」
手袋に包まれた掌がの頬を包み込んだ。
怜悧に微笑む男の黒い瞳に燈るのは情欲の炎。
「やっ!…!?」
男の瞳を見つめていたは思わず小さく悲鳴をあげる。
そのまま男は長身を屈めて彼女の躯をすっぽりと覆ってしまった。
緊急停止したエレベーターの中。
漏れるのは情事の悲鳴と密やかな水音。
拒絶の声は何時しか甘い声音に変わる。
は徐々に白くなっていく意識の中、うわ言の様に呟かれる男の言葉を耳にする。
「愛している。愛していますよ。私の。私のモノだ…。」
涙の粒がの頬を流れ落ちて、意識が完全に闇に溶けた。
後記
エレベーター実は苦手です。あの浮遊感とか…閉所恐怖症じゃないんですが、ね。
一度古いタイプの本文にあるような外国にあるタイプのに乗ったんですが、
レールやら錆びた金属の音やら丸聴こえでかなり怖かった経験があります。
よくよく考えたら殺人者と乗り合わせるかもしれないですしね。箱の密室は怖いです。
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